ハルマゲドンの大峠 ノストラダムス予言研究家ザール隊長

日月神示:春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマゲドンの大峠越せんことになるぞ。 日月神示を参考にノストラダムスの予言を研究しています。2016年から2025年までは正念場のときです。2023年、北海道の長雨から日本はいよいよ厳しい状況となります。2024年は北日本と首都直下の大地震があるようです。北海道・東北・関東はほぼ間違いなく住めなくなくなりますね。国民は淘汰され、3500万人ほどになるようです。日月神示では掃除・洗濯・身魂磨き・改心という言葉が頻繁に使われています。カルマの浄化が大切です。 日月神示に関しては中矢伸一さんの著書などから転載した記事もあるので読んでいただければ幸いです。

カテゴリ: 『日本会議と神社本庁』金曜日

天皇陛下の昨日のお言葉には、「象徴」という言葉を強調されており、象徴という立場から言動には日頃から気をつけてこられたと受け取ることができます。陛下のその言葉に秘められた意味を推し量ることは難しいですね。参議院選の時期に生前退位らしきことを発言されたのは、国民に対して、今の安倍政権の方向性に疑問(問題)があることを投げかけているような気がします。

このようなお言葉もあります。
「これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。」

また、陛下が崩御されてからの宮内庁の行事があまりにも多いことにも問題があると匂わせておられ、「形式的な行事に意味があるのだろうか」と疑問を投げかけているような気もします。

本日(8/9)の前回と前々回、カテゴリー「日本会議/裏社会」」の8/7午後0時の記事をまだ読まれていない方はお読みください。
少し、日本会議と神社本庁の関係について記事にしてきましたが、『日本会議と神社本庁』『日本会議の正体』という本を購入しましたので、その一部を掲載したいと思います。
今回は『日本会議と神社本庁』からの抜粋です。

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   神社乗っ取り事件 狙われた宇佐神宮
         ・・・政治運動化する神社本庁の暗部・・・

2016年の年明け、神社へ初詣に出向き驚いた人も多いだろう。ある神社境内には「憲法の内容を見直しましょう。賛同署名のお願い」という大きな立て看板と、白い布の掛かった署名台が置かれていた。これは、「美しい憲法をつくる国民の会」の改憲運動に、神社本庁の意向を受けて各神社が協力すたものだそうだ。「政権分離(憲法20条)などどこ吹く風とばかり、神社が政治の下請け機関に成り下がっているようなこの光景は、まさに国家神道の歴史を彷彿とさせる。

「美しい日本の憲法をつくる国民の会」とは、2016年夏の参議院選挙で、<「憲法改正国民投票」の実現と、過半数の賛成による憲法改正の成立>(同会ホームページより)を目差す改憲団体だ。2015年11月に催した「今こそ憲法改正を!武道館1万人大会」には、安倍晋三首相がビデオでメッセージを寄せた。

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                      今こそ憲法改正を!1万人大会


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    ジャ―ナリスト   櫻井よしこ                     日本会議会長   田久保忠衛(ただえ)

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                   元最高裁裁判所長官   三好達(とおる)

共同代表として櫻井よしこ(ジャーナリス)、田中保忠衛(日本会議会長、杏林大学名誉会長)、三好達(日本会議名誉会長、元最高裁判所長官)の三氏が名を連ね、代表発起人の中には日本会議副会長の田中恆清(つねきよ)・神社本庁総長がおり、事務総長は打田文博・神道政治連盟幹事長が務める。その歴史認識といい、政治目的といい、安倍政権を支える日本最大の右派組織「日本会議」の“別働隊”と言ってよいだろう。自民党を支援する実質的な選挙活動団体でもある。
38人の代表発起人の中には葛西敬之(JR東海名誉会長)、すぎやまこういち(作曲家)、中西輝政(京都大学名誉教授)、舞の海秀平(大相撲解説者)、長谷川三千子(埼玉大学名誉教)、百田尚樹(作家)の各氏らがいて、さながら“あべちゃん応援団”だ。

神社がこのように突出して政治運動化するのは、自然崇拝や祖先崇拝を旨として祭儀を中心に活動するとされる神道の本道から大きく逸脱しているように見える。

匿名を条件に、神社関係者はこう証言する。
「私ども(の神社)は戦争反対だし、原発にも反対です。しかし、表立って言えない。最近の(神社)本庁の動きをおかしいと思っている人は少なくないと思います」

そればかりでなく、近年の神社界には耳を疑うような事件も起きる。その一つが、大分県にある宇佐神宮の代々の宮司家である到津(いとうづ)家追い出し事件だ。すでに法的には最高裁の決定(13年5月9で到津家の敗訴)が確定しているが、争いは現在もなお続いている。まずは、事件の経緯を見てみる。

つづく

出典:
文=片岡伸行( 『日本会議と神社本庁』 成澤宗男編著 金曜日 2016/6/29)

・あからさまな人事介入
大分県宇佐市の御許山(おもとさん標高674メートル)山麓にある宇佐神社は、全国に約4万600社ある八幡宮の総本宮である。
   
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                           宇佐神宮

宇佐神宮の責任役員会は2008年7月15日、当時、病気療養中だった池永公比古(いけながきみひこ)宮司の後任として、代々の宮司家である到津(いとうづ)家の長女で権宮司(宮司の代理)の職にあった
到津家克子(よしこ)さんを宮司に選任することを全員一致で決定し、任命権を持っている神社本庁にその任命を具申した。しかし、神社本庁から何の返答もなく、裏であからさまな人事介入をしてきたという。

「その年の8月に池永宮司が亡くなると、元大分県教育委員長の永岡恵一郎氏(現・責任役員)が私の自宅に来て、当時の宮内庁掌典長(注)であるⅠ氏を天下りさせるから承認せよと言ってきた。私は官僚の天下りは絶対ダメだと断った。そうしたら、神社本庁は、宇佐神宮のような大きなお宮の宮司には女性は任命しない、と言ってきたんです」
こう話すのは責任役員の一人で医師の賀来昌義(かくまさよし)さんだ。この証言は裁判にも出されている。

このとき神社本庁で宇佐神宮の人事問題に関わっていたのが、当時の副総長だった前出の
田中恆清(つねきよ)・現総長である。この人事工作は暗礁に乗り上げる。神社本庁側から見れば、思わぬ人物が出現するのである。

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神社本庁総長 
田中恆清

注:宮内庁掌典長
・・・宮中祭祀を担当する部署のトップで、宮内庁職員のような公務員でなく、いわゆる「内廷の職員」として皇室に直接雇用されている。

・天皇が憂慮する発言

この年(08年)は9月に大分県で63回国民大会が開催された。宮内庁の「天皇皇后両陛下のご日程」によれば、同年9月26日(金)から28日(日)までの3日間、夫妻は大分県に滞在し、国体開会式(同月27日)への臨場をはじめ、各地の施設などを訪問。この日程には記載されていないが、滞在中、滞在ホテルで開かれた大分県出身の学習院同窓会(桜会)にも参加した。
その同窓会に参加していた到津克子さんの実母である到津悦子(としこ)さんとの間で次のようなやりとりがあったという。

天皇:このあいだの勅祭社(注)の集まり」(宮司会)には娘さんが来てくれたけど、宮司になったの?
悦子:
いえ。神社本庁に具申しておりますが、何の音沙汰もなく・・・・・・。
天皇:
そりゃ大変だ。すぐに本庁の権限のある者に電話しなさい。
悦子:
神道のトップは陛下でいらっしゃいますから、ご命令ください。
天皇:
私に権限があったらすぐにでも(宮司)にしたい。到津家は歴史ある家です。(宇佐神宮)をちゃんとしてもらわないと困りますね。

女性宮司の任命を拒む神社本庁側の姿勢とは真逆である。こうした同窓会の場では、一人ひとりがそれぞれの近況や思いを自由に発言し、談話をする時間を設けているという。閉じられた席での発言のため、録音などはされていないが、悦子さんによれば、同窓会50人が出席していて、このやりとりを聞いていたという。
その翌日、悦子さんがこの天皇発言を神社本庁側に伝えると、元皇族の久邇邦昭(くにくあき)統理(当時)は「天皇はいらんことをした」などと漏らしていたという。
宮司不在のまま年の明けた09年1月13日、克子さんの父で、悦子さんの夫である到津公齊(きみなり名誉宮司が亡くなると、文字通りの「乗っ取りクーデター」が起きる。なんと、悲しみも癒えぬ葬儀の翌日(1月16日)、悦子さんと克子さんの母娘を中傷し、克子さんの宮司就任を拒否するよう求める「嘆願書」が、宇佐神宮の禰宜(ねぎ=宮司の補佐)ら11人の連名で神社本庁にこっそり郵送されたのである。

注:勅祭社・・・祭祀に際して天皇が勅使(使者)を出す由緒ある神社のことで、現在は16社あり、宇佐神宮もその一つ。

出典:文=片岡伸行( 『日本会議と神社本庁』 成澤宗男編著 金曜日 2016/6/29)

・地元からの反発の声

小雨に煙る境内は参拝客の姿もまばらだった。2016年1月末、宇佐神宮を訪れた。代々の宮司家、到津(いとうづ)家の母娘追い出しを謀った「嘆願書」(2009年1月16日付)に筆頭で署名し、その後、宇佐神宮では2人しか置けないという権宮司に昇進した永岡健二権宮司(68歳)に話を聞くため、私は約20万坪という広大な敷地を持つ宇佐神宮の境内に足を踏み入れた。
「宇佐神宮の騒動?知っちょるよ。伝統ある神社なのに争いごとなんてみっともねぇ」(乗ったタクシーの運転手さん)
地元ではそのような声を複数聞いたが、到津家排除の経緯や背景まで知る人はほとんどいない。
到津家の長女で権宮司だった克子さんの宮司任命をめぐり、神社本庁が介入してくる経緯に少し触れておこう。

「宮司になんかするか!」

先述したように、克子さんの宮司就任が宙ぶらりんになっていることを憂慮する天皇発言(2008年9月)を受けて、克子(  )さんの母・悦子(よしこ)さんが神社本庁にその旨を述べて娘の宮司命令の決定を求めたところ、田中○○副総長(当時)=岩清水八幡宮司=はこう応じたという。
「誰が宮司なんかするか!世襲は田中(自分のこと=岩清水八幡宮)、千家(せんげ=出雲大社)、西高辻(にしたかつじ=大宰府天満宮)の三家だけじゃ(注)。
なぜここで唐突に、気多大社(石川県羽咋(はくい)市)の名前が出てくるかは、少し説明が必要だ。神社本庁から脱退を決めた気多神社に対し、神社本庁は裁判に訴え(被告は文部科学大臣)、10年4月、最高裁が気多神社による神社規則変更(神社本庁からの脱退)を認める決定をした。
つまり、田中副総裁の発言は、神社本庁の宮司任命にタテを突き、本庁から脱退しようとしても克子さんが権宮司である限り、それは認めらない、という趣旨だ。当時」、気多神社と争っていた神社本庁側の懸念が口をついて出てしまったのかもしれない。
以後、神社本庁側は克子さんを宮司にさせないために、様々な人事工作をしてきた。それらがことごとく不調に終わった後、克子さんの父・公齊名誉宮司の葬儀の翌日、宇佐神宮の神職11人の連名で、克子さんの宮司就任を拒否するよう求める前述の「嘆願書」が出されたのである。経緯からしてこれは、神社本庁=田中副総長の意を汲んだものと思われて仕方がない。

・「独自の判断でやった」

その「嘆願書」の中心人物とされる水弘権宮司が宇佐神宮社務所で取材に応じた。以下は筆者のやりとりの一部だ。

―到津家排除の嘆願書は神社本庁側の意向を汲んだ、具体的に言えば当時の副総長である田中さんとの協議の上で、その指示のもとに出したのではないかとの疑いがあります。提出日の前日、公齊名誉宮司の葬儀には田中さんも参列していました。

永弘 
いや、何も話していません。葬儀で忙しく、そんな暇はなかった。田中さんと話し合ったという噂があるのは知っているが、一切話していない。

いや噂ではなく永弘さんが本庁と通じていたのではないかと話す当時の関係者もいます。任命権を持つと称する神社本庁の代表が葬儀に参列し目の前にいるのに、翌日に出す文書について何も話していないと言い張るのは逆に不自然です。

永弘 
・・・・・・。いや、あくまで我々独自の判断でやったものです。

―事実経過見てゆくと、とてもそうとは思えない。葬儀の翌日にこういう「嘆願書」を出すのは一般常識から外れていませんか。

永弘 それだけ積み重なったものがあるということだ。

―積み重なったもの?かりになんらかの問題があるしても、責任役員会の決定に背いて宮司にさせず、そのあげくに免職。ひどいやり方ですね

永弘 それは今、裁判をやってるから・・・・・・。


:「世襲が三家だけ」
という根拠については不明。

出典:文=片岡伸行( 『日本会議と神社本庁』 成澤宗男編著 金曜日 2016/6/29)

・克子さんを懲戒免職に

前述の「嘆願書」に呼応して神社本庁は、公齊名誉宮司の「五十日祭」(注)も終わらない09年2月26日、宇佐神宮の特任宮司に穴井伸久・大分県神社庁長を任命。これに対し到津(いとうづ)側は翌10年3月、神社本庁を相手取り、宮司としての地位確認を求めて大分地裁中津支部に提訴したが、一審、控訴審ともに棄却、最高裁も13年5月、「審理するべき事案でない」などとして取り扱われなかった。
宮司としての地位確認はなかったものの、克子(よしこ)さんは権宮司の職にあった。しかし、最高裁判決を契機に日常的な監視や会話、永弘権宮司による暴力沙汰(克子さんは刑事告訴したが、不起訴)などが起き、さらに一方的に待遇を引き下げられたため、克子さんは中津労働基準監督署に申し入れた。
これを受け、中津労基署は同年11月、宇佐神宮に対して改善を指示。しかし宇佐神宮はこれに従うどころか、翌12月24日の責任役員会(穴井宮司ほか溝部定見(みぞべさだみ)、いちき晋一郎、永岡恵一郎の3氏)で克子さんの懲戒免職処分を決定し、年明けの14年1月10日に神社本庁(北白川道久統理宛)に「到津(克子)権宮司懲戒免職願」を提出した。これを受け神社本庁は同年5月15日、克子さんの懲戒免職を決定。宇佐神社も同日、解雇を通告したのである。克子さんは6月」、解雇(免職)無効を求めて提訴した。
裁判は同年9月から始まり、2016年2月16日には第10回口頭弁論が大分地裁中津支部で開かれた。克子さんの代理人・岡村正淳(まさあつ)弁護士はこの裁判を「女性差別という問題もあるが、神社本庁による宇佐神宮に対する直轄支配というのが本質的な問題」と話す。
                           
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     岡村正淳弁護士(左)                                 弁護団

14年11月に結成された「宇佐神宮の伝統を守る会」でも、、神社本庁と宇佐神宮による一連の動きを、<宇佐神宮の伝統と権威を根本から覆して、宇佐神宮を事実乗っ取ろうとする策動>、<仕組まれた到津克子さんの不当な解雇(会報より)と位置づけ、幅広く支援を呼びかけている。

そうした中、神社本庁の裁量で宮司となった穴井宮司(67歳)の解任を求める「嘆願書」が、2015年12月5日付で神社本庁に提出された。嘆願書では、職務遂行能力や指導力などを疑問視し、後任に県神社庁長を推薦。宇佐神宮の氏子総代5人のうち4人と、県神社宇佐支部の全役員ら10人が署名している。
これは到津さんとは無関係の動きだが、穴井宮司の嘆願書のきっかけとなったのが、同年7月10日に起きた宇佐神宮の権禰宜(ごんねぎ)同士による酒席での暴力事件だという。事件は傷害罪で略式起訴され、加害者に11月5日付で罰金10万円の略式命令が中津簡裁から出された。関係者はこう話す。
「穴井宮司はなぜか加害者を擁護し、被害者の権禰宜をクビにすると言い出したのです。これが公正さを欠くとして不満や疑問の声が上がり、今回の解任嘆願につながっているのです」

その当事者の権禰宜の名前を思わぬところで聞くことになる。「到津家排除の嘆願書は誰が書いたのか」との私の質問に対し、永弘権宮司が渋々こう答えたのだ。
「○×権禰宜です」
それは、前述の暴力を振るった方の権禰宜の名前だった。

人事のボタンをかけ間違えると、人心は荒廃する。神社本庁が送り込んだ穴井宮司の解任騒ぎにまで発展している宇佐神宮の一連の不祥事で問われるべきは、神社本庁の人事介入のあり方と任命責任なのではないか。
さらに、宇佐での取材中、ある情報がもたらされた。宇佐神宮は穴井宮司を解任し、神社本庁総務部長を新たな宮司に任命することを検討中、というものだ。これが事実なら、まさに岡村弁護士の言う「神社本庁による直轄支配」が完成する。しかし、地元の神社関係者は匿名を条件にこう話した。「本庁からの命令的な人事は許せない。これ以上、地元を無視した任命をやるなら、本庁からの脱退も現実味を帯びてくる」

注:「五十日祭」・・・仏教で言う「四十九日」の忌明けが神道の「五十日祭」に当たる。

つづく

出典:
文=片岡伸行( 『日本会議と神社本庁』 成澤宗男編著 金曜日 2016/6/29)


参考:remmikkiのブログ 「宇佐神宮 世襲家権宮司を解雇」
    
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/4684191.html

参考:大分合同新聞 「
新宮司に小野氏 神社本庁の総本部長」      
   http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2016/02/19/131842026                          
 全国八幡神社の総本宮、宇佐神宮(宇佐市)は19日、穴井伸久宮司(67)が退任し、後任に神社本庁(東京)総務部長の小野崇之氏(61)=大分市出身=が就任すると明らかにした。20日付で着任する。
 神宮によると、穴井宮司の退任は19日付。小野氏は早吸日女神社(同市佐賀関)宮司の長男。皇学館大学文学部を卒業後、赤間神宮(山口県下関市)や湊川神社(神戸市)などを経て神社本庁に移った。就任後は神宮に常駐する。
 宇佐神宮の宮司をめぐっては、昨年12月、氏子総代らが穴井宮司に対して「職務遂行能力に欠けている」などとして解任を求めていた。穴井宮司は辞任する意向を示し、宮司の人事案件を審議する責任役員3人が同意。神社本庁宛てに退職願が提出されていた。
 後任は責任役員の2人が神社本庁内から任命するよう具申。もう1人と氏子総代、県神社庁宇佐支部の役員らは県神社庁長を後任にするよう求めていた。
 宇佐神宮では20日午前9時から、本殿で宮司就任報告祭を執り行う予定。神宮は「新宮司の下、気持ちを新たに粛々と祭事をし、早く正常に戻したい」としている。

 
※この記事は、2月19日大分合同新聞夕刊1ページに掲載されています。

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